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催眠療法で「能力」アップ 北加日本商工会議所掲載 2006年2月
私の本業は、物書きである。タイの首都バンコクを拠点にしたジャーナリスト活動を皮切りに、ルポルタージュ、インタビュー、書評、そして、本の執筆、コラムの連載と、あっちこっちの媒体に、かれこれ20年近く、原稿を書いてきたことになる。とはいえ、よくいえば飽くなき探究心、悪く言えば御しがたい完璧主義に突き動かされ、横道にそれたこともしばしばあった。その結果、専門分野が広がり、ミイラ取りがミイラになって、ヨガ講師、催眠療法士、キャリアカウンセラーの肩書きをもつ身となった。
今回は、催眠療法のテクニックを使って「想い」を実現させる方法をまとめた「ピンクの象」の出版を記念し、催眠療法に焦点を当ててみる。
催眠とは、体をリラックスさせ、頭を一点集中無我夢中の状態にすることである。その催眠を利用して、問題となっている現状を改善するのが、催眠療法だ。歴史的には、18世紀後半、ウィーン出身の医師メスメルが、磁気発生装置を併用して、パリで治療を行ったのが最初とされている。催眠(hypnosis)という言葉を使ったのは、催眠誘導技法のひとつ凝視法を開発したイギリスのブレイドという医師で、その後、インドの医者が、外科手術中の痛みをコントロールするため の無痛暗示に成功。エーテル麻酔普及後は、術後の痛みのコントロールに利用されてきた。
科学的には、今世紀に入って、オレゴン大学の脳神経学者が、催眠時に、脳の情報伝達プロセスが変化することを実証。現在は、禁煙やダイエット、スポーツ選手のイメージトレーニングに催眠のテクニックが活用されており、ウツや不安障害を扱う心理学者の間でも、調査・研究が進められている。
この催眠療法の可能性をさらに押し広げ、クライアントを過去や未来に案内して、有名になっているのが、アメリカの精神科医ブライアン・ワイス博士だ。1988年に「前世療法」という本を出版した博士は、著書の中で、輪廻転生は事実であるとし、前世を思い出すことで病気や症状が改善されたり、治癒するという事例を多数紹介。2004年には、邦題「未来世療法」(Same soul, Many bodies)を出版し、時空を超えた次元を「観る」と、クライアントの現状に対する洞察が深まり、今をよりよく生きることができるようになると説いている。
実際に、催眠療法を体験してみると、目からうろこに近い、理屈ぬきの効果が実感できるからおもしろい。自分の内側から湧き出すビジョンやメッセージが、どんな御託宣よりも説得力を持って迫ってくるのである。
催眠の極意があるとするならば、それは、必要なときに、必要なことが、必要なだけ起こるということであろう。本人が、どれほど過去生を見たいと言っても、本人にとって、まず、片付けなければならない早急な問題があれば、それに関連した状況がまっさきに観え、決して、劇的な過去生へ直行することがない。その反面、本人が、この問題は避けて通れないと思っていることがあっても、「今」に直接影響を与えない事柄であれば、そこは素通りしてしまう。セッションは、ちょうど、たまねぎの皮をむくように、一つ一つ段階を追って、どんなときでも、本人にとって、一番、わかりやすい順番で、核心に迫ってゆくのである。人間は、常に自分最優先で機能し、自己を守ることに余念がないものなのだ。
人間に本来、備わっている想像力を刺激する催眠は、もちろん、自分でもマスターできる。まず、関連書籍を読んで理屈を納得したうえで、信頼できる催眠療法士を探し、何回かセッションを受ける。それに並行して、関連CDを繰り返し聞けば、遅かれ早かれ、自分に必要な情報を受信できるようになる。
催眠とは、自分の心の奥深く、意識を超えた次元の自分と出会う手段でもある。そんな壮大な旅の道連れとなる催眠療法士は、やはり念を入れて選びたい。口コミが一番だが、心当たりがなければ、関連の学会や協会に問い合わせ、セラピストを紹介してもらうといい。
CDは、リラクゼーションタイプのものから、目的別誘導が吹き込まれたものまで、いろいろ市販されている。私も、これまでに、数枚出版してきた。暗示に慣れるためのWellness、車の中では絶対に聞いてはいけない不眠解消用のSleepless night、想像の世界に遊ぶ練習をするためのExperience、「インナーチャイルドと遊ぶ」、「ヒーリングマスターに会う」などの誘導を入れた Rainbowで、どれも、私のサイトでご購入いただける。
繰り返し、こうした練習を続けていると、意識と「大いなるもの」のリズムが同調し、息をしているだけで幸せと感じられる瞬間が増していく。固定観念が緩み、他人のわらじに足を入れた感覚を想像する力がつくので、自分を大切にしながら、他人にも優しくできるようになる。使用頻度の少ない領域の脳を活性化させ、新たな情報受信経路を強化開発するわけだから、必然、「脳力」が高まり、ビジネスセンスがよくなるうえ、人間関係も改善されるという願ってもないおまけつきだ。
スタンフォード大学の心理学者の調査によると、極端に催眠にかかりやすい人は、全体の10〜15%、(脳の情報伝達システムが未完成である12歳以下の子供は、80〜85%)、極端にかかりにくい人は、5人に1人であるという。
ステージショーのように、人前で踊りだしたり、いかがわしい宗教の洗脳手段に使われるものだろうという偏見は、この際捨てて、8割の人には、効果があると証明されている催眠療法で、自分にあった「脳力」開発に取り組みたい。食わず嫌いは損をする。
「思いを賢く使う法」 日本商工会議所 2005年12/1月
キャリアカウンセリングの現場で頻繁に使われる質問に、「ご自身についてお話ください」というものと、「5年後、なにをしていると思いますか」というのがある。
自己評価がきちんとできているか、学業、あるいはキャリアに対する前向きな姿勢が明確かどうかを判断するのが目的だ。なにしろ、アメリカの就職事情は日本と違い、求職者が、いかに企業にとって重要な付加価値になり得るかを証明することが面接の重要なポイントになる。求職するのは、もちろん新卒だけではない。新たな可能性を求めて転職を希望する実力派の働き盛りもたくさんいる。だから、求人する企業も、人材の選別だけをしていればいいわけではなく、よりよい人材を確保するため、個人の成長を助長できる魅力的な職場であることを求職者にアピールしなければならない。アメリカの面接は、求人者と求職者のいわばお見合いなのだ。
こうした駆け引きのなかで、キャリアカウンセラーは、個人や企業が、将来のビジョンを明確にする助けをする。数字や事実が現存する過去は、評価しやすいが、まだ見ぬ未来は、どうにでも描けるだけに、かえって「これでよし」と言えるものを作り上げるのが難しい。夢物語のようなビジョンは、突かれればたちまちボロが出る。現状を踏まえたうえで、実現可能な確信を持てるビジョン、しかも、現状維持以上の飛躍を含んだビジョンを描けるかどうかは、個人にとっても、企業にとっても、決定的な要素となる。
もっとも、人間には、失望や失敗を回避しようとする防御本能があるから、手に入りそうもないと思うものを自ら目標に掲げようとはしない。だから、今の調子で行くと、こんな程度だろうと自分自身の将来に見切りをつけがちだ。天変地異はいつでも起こりうるし、周りを見れば、予期せぬチャンスに恵まれて、路線変更の道を手に入れた人が山ほどいるにもかかわらずだ。
だから、そんなメンタルブロックのかかったクライアントには、次のような質問をする。「今、一生食べるのに困らないだけの宝くじがあたったら、なにをしたいですか」
この質問に、即答できる人は、まずいない。日ごろから考えていないことは、即座に思い浮かばないのが、人間なのだ。
では、いざというときに、規制の枠組みに囚われない前向きなビジョンを描けるようになるためには、どうすればいいのだろうか。
遊び感覚で楽しめる頭の体操を一つ紹介しておこう。
まず、自分が、映画のスクリーンを見ていると想像する。スクリーンにはまだ何も映っておらず、これからなにが出てくるのか、あなたはワクワクしながらスクリーンを眺めている。そこに、美しい画像が浮かび上がり、目の前に、あなたの想念が、すぐさま反映し、現実となる世界が現れる。
たとえば、そこが手術室だったとしよう。あなたは、手術台を囲む医者の手元を見て、大丈夫かなあと不安になる。すると、医者が、「あっ」と声を上げ、手術が難航し始めるという具合だ。あなたは、驚いて、この手術はきっと必ずうまくいくと念ずる。するとたちまち、医者の手際がよくなって、手術はほぼ終了になっていく。
「思いが即反映する世界」で遊んでいると、閃きがよくなり、それが単なる思いつきではないという確信がもてるようになる。
ビジョンを観ると、イメージ、全体、直感、遺伝子の集積情報などを司る右脳が活性化され、事実を客観的に把握する能力が高まる。右脳は、心身をリラックスさせるアルファー波(8〜13Hz)で活発に活動するのに対し、左脳は、人間を覚醒状態にするベーター波(14〜30Hz)で活発に活動するので、ビジョンを見ている間、考え事でカリカリしていた左脳の興奮が沈静し、左右脳のバランスが調う。さらに、楽しみながら行うプラス発想のイメージが、脳内のプロオピオメラノコルチンというたんぱく質を刺激して副腎皮質ホルモンと脳内モルヒネの分泌を促すので、健康にもいい作用を及ぼす。
ビジョンを観て楽しんだあとは、その情景をノートに書いたり、口に出して描写してみるのがいい。右脳のビジョンが、左右脳をつなぐ脳梁を通じて、言語、部分、一代の情報を司る左脳に伝わり、思考過程の分析・認知力が高まる。
すっぱいものを思い浮かべるとつばが出るように、体は目の前に実物がなくても、頭で考えることに反応するようにできている。だから、ビジョンを観る練習を続けていると、体験記憶が積み重なり、ビジョンが実現化する確立が高くなる。
想いが現実を創り出すというわけだ。
「暗示の効果」 日本商工会議所掲載 2005年 11月
むっとしたり、カッとしたり、くよくよしたり、人間には実に様々な感情がある。できるものなら、ほのぼのと温かい気持ちで過ごせるに越したことはない。だから、体に悪そうな感情が起きたときは、意識的に、自分が、目の前の事態にどんな解釈を与えているのか分析してみる。こうすると、激情が、体を駆け抜ける頻度が減るからだ。
だが、頭を冷やして考え、納得できたことであっても、いざ再び、同じような事態に直面すると、やっぱり元の木阿弥という場合も、確かにある。これは、長い年月をかけて、繰り返し、繰り返し培われてきた思考と感情の密接なつながりが、太く、根深い回路になっているためである。
そんなとき、自己流解釈のしかたを理詰めで無理に変えようとすると、かえってオリジナルの解釈に加速度が加わり、気分が悪化しかねない。
たとえば、約束の時間に相手がやってこなかったとしよう。時計の針を見るたび、だんだん腹が立ってくる。次第に怒り心頭に達し、感情の嵐が渦をまく。そこで、「私は、怒っている、なぜだ」と一呼吸してから、分析を試みる。「もしかしたら、事故に巻き込まれたのかもしれない」という別の認識が生まれ、「そうだ、そうに違いない」と思えれば、いい。だが、時計の針を見ると、やっぱり、むらむら腹が立つ場合、「事故だ」と思い込もうとすると、「事故のはずがない」という内なる葛藤が感情の嵐に油を注ぎ、ついには、「だいたい、あいつは・・・」と過去まで持ち出し、怒りの焔がますます燃え上がることになる。
かように、古い回路はしぶとい。だから、古い回路を修正しようとするより、新しい回路を作って、それを育むことに精を出す方が手っ取り早いし、健全だ。
上記の例をとってみよう。待たされてイライラしているときに、携帯電話が鳴る。電話の主は、しばらく音信が途絶えていた学生時代の友だちだった。にわかに気持ちが明るくなって、会話が弾む。こんな思いがけぬ幸せが、相手の遅刻のおかげでおこることがあるかもしれないのが人生だ。だから、待ち合わせで、ムッとしそうになったら、「待っているのは、未知なる幸せ」といった自作のフレーズを心の中でつぶやくようにするのである。
念仏を唱えるように、決まった文句を繰り返していると、集中力が高まってくる。集中しているときの脳波は、アルファー波になっているので、暗示の効果が上がりやすい。
虹の七色を思い浮かべながら行うヨガの瞑想導入、「腕が重くなる、重くなっていく。足が重くなる、重くなっていく・・」とゆっくりと語りかけて、自律神経の機能を向上させようとする自律神経訓練法、スポーツ選手の間で盛んに使われているイメージ法、禁煙やダイエット・病気の回復力増強に貢献しているヒプノセラピーなど、暗示を利用する療法は多い。
これらの本格的な療法で実証されている暗示の効果を日常的に、自分で使いこなす方法が、自作のフレーズだ。
状況に応じて、決まり文句を繰り返していると、気持ちが明るくなっていく。決まり文句を作るときは、現在形で、そして、疑いようのない事実で構成すること。疑いの余地が少しでもあると、「そんなはずはない」という思いが頭を持ち上げ、葛藤の原因になるからだ。 例をいくつかあげてみよう。
「何とかなる。何とかできる自分がいる」
今、現在生きているということは、過去に絶体絶命と思える事態をなんとか乗り越えてきたという証拠である。だから、新たな困難に直面したときに使う。
「人間には、自然治癒力が備わっている」
体調が優れないとき、体に支障がでたたときに便利だ。祭日や連休で、医者が休みのときは、なおさら原因を勘ぐって気が滅入りがちだ。心配は体に悪い。だから、気持ちを心配からそらすためにも、この決まり文句が役立つ。
「今だけ、今だけ。明日は別の日」
日常の些細なイライラやクヨクヨがおきたときに使える。この苦しみは、5年後も続いているだろうかと考え、答えが否であれば、とりあえず、このフレーズでいける。
「一番よくなる。必ずうまくいく」
どうしても解決法が見つからず、無力感、絶望感を感じるときは、これが一番。あれこれ思いあぐねるときは、暗示の効果にゆだねてみるのもいいものだ。
「視点を変えるメリット」 北加日本商工会議所掲載 2005年10月
健康であろうと思えば、1)正しい呼吸、2)正しい休息、3)正しい食事、4)正しい運動、そして5)積極的な思想と瞑想というヨガの五原則を守っていれば、まず間違いない。
だが、好きなときにこの五原則を実行できるのは、ヨガの行者でもない限り難しい。一般の人間、とりわけ社会的責任が増し、子供の養育、親の介護にもエネルギーを注がなければならないサンドイッチ世代と呼ばれる40代は、ここで無理したらくるなあとわかっていても、やらねばならぬときがある。もっとも、だからといって、無理だ無理だと思いながら、なすすべもなく撃沈することはない。
たとえば、天気のいい朝。ジョギング(もちろんゴルフでもいい)をしたいと思う。考え事を一瞬なりとも忘れることができるし、新鮮な空気を吸えば、血行がよくなり、気分転換にもなる。気分が変われば、仕事もはかどる。だが、いろいろな制約があって走ること(ゴルフをすること)ができないとしよう。
そんなとき、ああ、好きなときにジョギング(ゴルフ)さえもできない生活をしているのかと現状を嘆くのは、体に悪い。否定的な感情が、脳や体にストレス反応を引き起こし、心身を痛めつけてしまうからだ。では、どうするか。「今は、他にやることがあるので、ジョギング(ゴルフ)までしようと無理しない」と選択する。そして、「やることがあるのは、ありがたい話だ。今は、それを一生懸命こなせばいい」と考える。そう思うことができれば、気分が少し楽になり、体も適応してくれる。要は、選択の余地がないと思わずにすむ自分なりの考え方を見出すことが大切なのである。
ストレスの原因は、人それぞれだ。大勢の前にでると、冷や汗が出る人もいれば、観衆が多ければ多いほど、元気になる人もいるように。では、なにがストレッサー(ストレス反応の原因)を決定するのだろうか。
大学院でカウンセリングを学んでいるとき、人間の行動や感情について解説する様々な文献を読んだ。そのなかで、印象に残っているものの一つに、「本人の解釈のしかたが本人の感情を決定付ける」というものがあった。一般的には、誰かに何かを言われたから、周りが思いどうりに動かないからといった目の前の事態が引き金になって、イライラが起きたり、落ち込んだりすると考えられているが、実際には、起こった事態をその人が、どう判断し、解釈するかによって感情が変化するというのである。文献は、次のような例をあげて、この事実の裏付けとしていた。
「混んだ映画館で、突然、女性が立ち上がり、隣の男の顔をひっぱたくや、出口に向かって駆け出した。これを見ていた若い女性は震え上がり、十代の青年は激怒し、中年の男性は抑うつ状態となって、ソーシャルワーカーの女性は微笑んだ」なぜか。「若い女性は、かつて自分が受けた身体的虐待を思い出し、きっと男が復讐しにくると思ったから。十代の青年は、好きだった女性にけんもほろろにあしらわれ、女に恨みを持っていたから。中年の男性は、離婚した妻を思い出し、去っていった女性は戻ってこないだろうと思ったから。そして、ソーシャルワーカーは、蹂躙されている大勢の女性に見せてやりたい光景だと思ったから」。
他人と会話を交わすときは、理路整然と原因や結果を見据えながら話ができる人でも、頭の中では、不条理な自己解釈を繰り返している場合が多い。
ある日、日系企業で働くビジネスマンが、暗い顔をしてカウンセリングにやってきた。本社の日本人上司と現地採用のアメリカ人社員の間に挟まれ、夜も眠れない日々を送っているのだという。だが、よく聞いてみると、在米歴も長く、相当な実績を持っておられる。カウンセラーは、まず、その点を指摘し、思いつめて視野が狭くなっているクライアントの気持ちをほぐす。最初は、客観的な評価など聞く耳を持たないクライアントでも、ほとんど無意識のうちに起こる自己解釈が妥当なものかどうか、一緒に検証するうち、不合理な思考に気づく頻度が高くなり、それを理にかなったものに思い直すことができるようになる。
イライラしたり、くよくよしたりするときは、目の前の事態に自分がどんな自己流解釈を加えているのか、考えてみるといい。それがわかると、これまでストレスになっていたことが気にならなくなっていく。ストレスを減らす鍵を握っているのは、周囲の状況ではなく、自分自身なのである。
「念ずれば通ず」 SF月刊もん掲載 2005年9月
人生を変化させる出会いやイベントが訪れたとき、人はこれまで大切にしてきたものを手放さなければならないのか、と迷うものです。多くの人は、現状にグチを言いながらも、いまさらリスクなんて背負いたくないと思うから、現状にとどまる。多少みてくれが悪くなっても、使いごこちが悪くても、馴染んだ歴史があるんだから、と自分に言い聞かせて。
でも、その一方で、もっと多くの人が、古いものに感謝して、それを手放してもきました。それが、人類の進化の歴史というわけです。
じゃぁ、迷ったときはどうするか。
そんなときは、一番よくなると念じて、目先のことに集中する。掃除でも、複雑な会議でもなんでもいいから、集中できることをするのです。
人間の頭は、一つのことを同時に考えられないようにできています。もんもんが飛び交い収拾がつかないような気がしても、やっぱり、一つ一つのもんもんの間には、認識できないほどの時間差があります。だから、別のことに気をとられていると、しばし、もんもんを忘れることができるというわけ。
そうこうするうち、時間がたって、時が解決してくれるというより、一番よくなると願った自分の念が凝縮し、一番良い状況が生まれていくのです。「念ずれば花ひらく」というのは、詩人坂村真民の本のタイトルでしたよね。
(今月のメッセージ)
息子が、補助輪なしで自転車に乗れるようになった日、小型のビデオゲームを拾いました。「夢だったの」といいながら、ボタンをピコピコ操作する息子の顔は満足気。奇跡のような出来事になんの疑いも持っていない様子です。想いが純粋であればあるほど、願望の実現も速くて確実。夢は必ず叶うものという事実を、改めて、3歳の息子に教えてもらいました。
「新しいエネルギーを迎えるとき」 SF月刊もん掲載 2005年 8月
肉体は、日ごろどのように体を使っているかという、積み重ねの結晶です。考え方や心の持ちようも、体験の積み重ねが大半を占めますが、人生を激変させるような出会いやイベントによって、時間を越えて飛躍することがあります。すべては、たましいの成長のために必要なことが起きているようなのですが、渦中にいる人には、しばしば、それが見えません。
だから、そんなとき、灯台の役目を果たしてくれる方法や人、ものを持っていると、日々の安定感が増すように思われます。新しいエネルギーが流れ込んでくるとき、人はわくわくするものです。でも、そのわくわくには、これまで大切にしていたものを手放さなければならない慟哭が伴うことがしばしば。なぜなら、受け止める手の数は決まっているし、新しいものとこれまでもっていたもののそりが合わないこともあるからです。
だから迷いが生じる。
人間は、どんなものであれ、持っているものを手放すことを潔しとしません。シルクのパジャマをあげるよといわれても、これまで使っていた穴の開いた木綿のパジャマが手放せない。
しかし、天の采配というのは、そうそう自分の都合のいいようにはできていないんですよね。新しいエネルギーは、すべてを手放す覚悟ができたときにしか入ってこないようになっている。すべては、先払いなわけです。
今月のメッセージ
現状維持を選択するか、未知なる可能性を追求するか。
すべては、本人次第なわけですが、ただ、気力・体力が充実しているときは、未知に踏み込むリスクより、未知が含んでいるであろう新鮮な刺激に気持ちが向いて、行動を起こしやすくなるのは、事実のようです。
「劣等感と優越感」 SF月刊もん掲載 2005年 7月
自分の方がたくさん持っている。自分の方が上。人間は、本能的に他人に対して、優越感を持とうとします。他人より、多く持っていれば、それだけ生き延びる可能性が高くなったであろう原始の時代では、まさに生死をわける大切な感覚だったに違いありません。
しかし、今の世の中、他人と自分を比べてばかりいたらきりがない。心の平安は、自分は自分、人は人とすっきり思えるところから始まるのですから。
でも、とっさとなれば、本能丸出し、相手が上だと感じた瞬間、理屈ぬきで、僻み、妬み心が生じ、もんもんとしてしまう。(人間だなあ。)
他人には、こちらに見えない苦労がいっぱい。同時に、劣等感を抱いている自分には、他人から見れば、羨ましがられることがたくさんあるのもまた事実。
そんなときは、他人は、自分を映し出す鏡だと心得て、相手を貶めようなどと無駄なエネルギーを使わず、自分だって充実していると思えることを一つ一つ数え上げたらいいのです。そうすれば、とりあえず、本能が満足しますからね。
いうは易し、行うは難し。とはいえ、本能にさからって、優越感や劣等感を抹殺しようとするよりははるかに理にかなった方法だと思います。
今月のメッセージ
今朝目が覚めたとき、私は、なんて幸せなんだろうとぶつ焼きました。のびの練られる場所が在るという一見、当たり前のことも、満席の夜間飛行の後では、市場の快楽。視点が変わると、感じ方も変わるものなのです。
「人生はたましいの成長の場」 SF月刊もん掲載 2005年6月
「人生というのは、実は自分がいかに必要なもの、望んでいるものを全部持っているかを自覚するために、必要な体験を積み重ねる場なのだなと、最近思うようになりました。欲しいと思っているものをすべて手に入れる力があるという自覚があれば、たしかに人生は充実します。でも問題は、ではどうすれば、自分は自分でいいと思えるのかということ。人は、これで悩みます。私もずいぶん悩みました。今だって悩んでいます。でも、最近思うのです。悩みを全部解消しようとしない。全部もっていると思えることが人生のゴールだとしたら、これら悩みの解消は死を意味するわけだから。次に人生を長いスパン、たましいの成長という視点で捉えるのです。こうすると多少なりとも気が晴れます。」
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