| 「片付けお化けがやってくる!?」SF月刊もん掲載 2006年3月
部屋が散らかっているというのは、何をするにしてもいい環境とはいえません。
とりあえず、重ねたり、引き出しに入れておいても、見てみぬフリをするには、限界があります。そんなときに、子供がおもちゃ箱をひっくり返して、投げ出したままにしていたりすると、むしゃくしゃ気分に拍車がかかり、思わず、声を荒げて「片付けて!」。でも、よく考えてみれば、自分が苦手なことを子供には、ちゃんとやってもらおうなんて、所詮無理な話です。
本当のところ、私は、片づけが苦手なわけではありません。やる気になれば、びくりするくらいきちんと片付けることができるのです。その証拠に、大学時代、下宿していた私の部屋は、いつ誰が来てもいい状態で、本は本棚にきちんと整列していたものでした。では、なぜ、所帯を持った今、それができないのか。
子供をひざの上に乗せて、そんなことをつらつら話していたら、母のことを思い出しました。母は、自分でなんでも一手引き受けでやる人でした。私が、お茶をこぼすと、さっとふきんを持ってきて拭いてくれる。茶碗を割ると、私が破片を拾っているそばで、掃除機を持って立っている。押入れを掃除すれば、収納は、こうした方がいいといってやり直す。そうこうするうち、私は、片付けは、誰かにやってもらうものという体験学習をし、同時に、散らかっているのがすごく気になるようになりました。
「片付けお化けに来てもらおう!」
部屋をぐるりと見回して、私がいうと、ひざの上の息子は、「でも、そうしたら、愛ちゃんのおもちゃがどこにあるるかわからなくなるよ」と心配顔。
片付けお化けというのは、幼児向けTV番組「しまじろう」に登場するキャラクターです。片付けない子供の部屋をきれいに片付けてくれるのですが、片付けられたおもちゃは、絶対に発見できない場所にしまわれてしまうのです。
「うん、確かに。じゃあ、ママの部屋を片付けるときだけ、片付けお化けに来てもらって、愛ちゃんの部屋は、ママと愛ちゃんで、一緒に片付けようね」と返事をしながら、私は、情けなくなるほどの依存心が自分の中にあることに気づき、苦笑してしまいました。
家族がいると、夫であれ、子供であれ、無意識のうちに、誰かを当てにしてしまう。この精神を息子に、継承するわけにはいきません。そのためにも、私が、率先して片付けてみせ、息子にもどんどん手伝ってもらう。そして、できたら大いに褒めてやる。
そうすれば、私も再学習できるし、息子の将来にも貢献できるというものだ。そう思いながら、この原稿書きに取り組み始めた私は、やっぱり、片づけを先延ばしにしているのでしょうか。いえいえ、今から、本気でやります。
今月のメッセージ
子は、親の鏡です。子供にこうしてほしいと思うことがあったら、まず、親が率先してやりましょう。口でああだ、こうだというよりも、ずっと、効果があがります。昔か言われていることには、やはり、真実が宿っているのです。でも、実際にやってみると、これが相当難しい。子供が出来るようになるのが先か、自分が出来るようになるのが先か。子育ては、自分が成長するチャンスの宝庫です。
「自分を責めない、甘やかさない」 SF月刊もん掲載 2006年2月
子育てをしていると、これでいいのか、という忸怩たる思いをすることがしばしばあります。なにしろ、相手は、心身ともに、刻一刻と変化を続ける成長盛りの子供なので、「うまくいく方法」をやっと見つけたと思っても、次の日には通用しなくなっている。そのたびに、頭をひねって、最善の方法を考えるのですが、それが一番という確証は、どこにもない。だから、ついつい、やれば確実に結果がでる子育て以外の仕事や雑事に没頭してしまい、ふと気づいたときには、自分の親と同じ言い方やしぐさで子供に接してしまっている。
育てる子供が違うのだから、子育てのしかたも、違っているのが当たり前です。人類の進化という観点から見ても、子育ては、親の世代+アルファーで、改善されてこそ健全。
とはいえ、箸の持ち方をいちいち考えてから持つ人がいないように、人間は、日常生活の大半を学習したことの「自動的」繰り返しで行っています。だから、自分の子育てを意識していないと、日常に等しい子育ては、よきにつけ、悪しきにつけ、自分が体験した「親の子育て」を繰り返すことになるのです。ひとつの家系に存在する問題が、三代続くといわれるのは、世代間に、+アルファーの違いを生み出すことが、いかに大変かを証明するひとつの事実といえるでしょう。
では、どうすればいいのか。ま、深く考えないことですね。子育ては、思いつめたら、続かないから。息苦しくなったら、今、失敗しても、まだまだ、あと10年は、試行錯誤の猶予があると、深呼吸。もちろん、だからといって、脳の記憶のなすままに、親と同じ口調で子供を責めたり、自分の都合を優先させて、子供を威圧したりという大人気ないことをないことをしていては、、明るい未来を築けません。
子供としっかり視線を合わせ、対峙する瞬間を持ってみる。そうすれば、必ず、なにかが変わります。子育ては、日々の努力の積み重ね。
今月のメッセージ
今日は、子供の将来のために、いくついいことをしたでしょうか。失敗したなと 思うことがあったら、その日のうちに、うまくいったことを思い浮かべて自分の 気持ちの帳尻を合わせ、次の日から、新たな一歩を踏み出しましょう。信頼する 、手を出さない、待つ。子供には、育つ力が備わっています。親にできるのは、 それを開花させる手伝いを
してやること。子供は、親の忍耐を育ててくれる教師 でもあるのです。
「生と死」 SF月刊もん掲載 2006年1月
おっぱい大好き、でも、触るのは恥ずかしい。そんな息子が、数週間前ちょっとはまっていたのが、「あかちゃんはどこから???ローズマリー ストーンズ (著) 山本 直英 (翻訳),」という幼児向け性教育の絵本でした。精子が卵子に向かって進む絵が気に入り、「ピュン、ピュン」と指で銃を撃つまねをしてはおおはしゃぎ。その熱が冷めてきたなと思ったら、今度は、話題がいきなり、生から死へと飛びました。どうやら、2年前に月に帰還した(ことになっている)ムーン(14年間、我が家の家族だった白黒の猫)のことがきっかけのよう。それまでは、「どんどん背が伸びて、お月様に届いたら、ムーンちゃんを連れて帰ってくるね」といっていたのですが、それがいつのまにか、「どうしてムーンちゃんは、もう戻ってこないの」となり、「ダディーも死ぬの?ママも死ぬの?じゃあ、誰が僕と一緒にいてくれるの?」となって、「愛ちゃんもいつか死ぬの?死にたくなーい」となったのです。「大丈夫、愛ちゃんは、今育ち盛りだから、どんどんどんどん大きくなるよ。ママだって、まだまだ生きてるから大丈夫」と言っていってみたのですが、子供の探究心は、納得しません。「でも、いつか死ぬの」と切り替えされて、「うん、まあねえ」と口を濁すと、「いやーあ!」といわれ、こっちまで悲しくなってしまいました。
だから、私は、死生観がいろいろあるのを承知の上で、言いました。「肉体はね、これ一つだから、壊れたらおしまいだけど、たましいは、死なないよ」、「また戻ってくる?」、「うん、戻ってくる」、「この愛ちゃん?」、「この愛ちゃんかどうかはわからないけど。もしかしたら、愛ちゃんとママのたましいは、ずっと前にどこかで会ってるかもしれないよ。どこで会ったんだろうね」。すると、息子の顔が和らいで、質問攻めがそこで終了となりました。親の考えを刷り込まれ、それがのちのちのトラウマになるってこともあるだろうけれ、ま、それも、そういう親を選んで生まれてきた運命だと思って、許してね、と心でつぶやいた次第です。
今月のメッセージ
子供の疑問には正直に。
生あるものは、いずれ老い、病に付して、死んでいく。すべての人間が体験せねばならないこの苦しみを仏教では四苦といいます。そんな仏教に私が関心を持ったのは、16歳のときでしたが、息子はなんと4歳で、私の持っている般若心境のCDを聞きたいと言い出しました。親の影響とは、計り知れないものがある。だからこそ、子供とは本音で付き合っていきたいものです。
「好きな子にはやさしく」 SF月刊もん掲載 2005年12月
4歳ともなると、女の子はすっかりおませ。クラスの誰となら結婚してもいいとか、キスしてもいいとかいう話が、お迎えにいったとき、聞こえることがよくあります。そこにくると、男の子は、まだまだ遊具で遊ぶのが楽しいばかり。そんな男の子と女の子が席を並べるランチタイム、息子が、持参したお弁当を女の子から、「エウ」と言ってからかわれたといいました。「むっ」としたのは、私の方。栄養を考え、毎朝一生懸命息子のために作っている弁当なのに。聞けば、その子たちのランチは、日替わりでジャムかチーズのサンドイッチなのだとか。話を聞いた夫は、「女の子は、好きな男の子をからかうものなのさ」と笑いながら息子に説明しています。
それにしても、どうして、アメリカでは、女の子が好きな男の子をからかうのでしょうか。今は違うのかもしれませんが、私が子供のころの日本では、男の子が気になる女の子をからかうのが常でした。私はそれが大嫌いだったから、息子にいいました。「愛ちゃん、からかわれるの嫌でしょう。だから、愛ちゃんもからかうのだけはやめなさい。好きだったら、素直にそういったほうがいいよ。君の笑顔って素敵だねとか、荷物持ってあげようかとかね」
息子は、ちょっと考え込んだ顔をしていましたが、夫が、すかさず、「君ってホントにきれいだね」。返して私が、「だからあなたと結婚したの」。そんな両親を見て育つ息子は、どんな人間関係を築いていくようになるのでしょう。
今月のメッセージ
体験は金。実感には、行動力が伴います。なるほどそうか、ならば、こうしようという風に。だから、子供に何かを伝えようとするときは、本人がそういう体験をしたらどう感じるか思い起こさせましょう。説得力がぐっと強まります。
「日本とは違う児童の指導感覚」婦人公論海外女性通信掲載 2005年11月7日
アメリカの学校は、子どものケガにことさら敏感だ。
学校に落ち度が認められれば裁判沙汰になりかねないこともあり、他の子とぶつかってこぶができた、顔に引っかき傷ができた、というたびに、報告書が提示され、親のサインが要求される。
4歳の息子が通うプリスクールでも、室内遊具で遊んでいる子どもたちに先生方が、「押してはいけない」「落ちると危ない」「叩いてはいけない」と、しゅっちゅう叫び声をあげている。子ども同士が小突きあいでもしようものなら、即、引き離され、それぞれが自分の言い分を問いただされて「ごめんなさい」、そしてハグ(肩を抱き合う)をさせられる。
こんなアメリカの児童指導に慣れていた私は、日本の幼稚園に息子を短期入学させたとき、大いに面食らった。日本人の先生は園児が他の子を押しのけようとしてもニコニコ笑って見ているし、遊具から落ちて泣き出す子がいても、慌てる風もなく肩を抱いて、優しい声で慰めている。小競り合いが始まっても、先生が関与する前に、たちまち園児の輪ができてケンカを諌めてしまう。大人が仲裁に出てこないから子ども同士で問題解決を試み、なんとも和やかな表情をしている。
それでもさすがに、つき指をした子が指を包帯でぐるぐる巻きにされて立っているのを見たときはぎょっとした。これがアメリカなら、とうの昔に病院へ担ぎ込まれ、親が呼び出されているにちがいない。
自分の権利を主張し、自分の身を自分で守ることが日常的に刷り込まれているアメリカと、全体の調和が重視されている日本。この相容れない文化の違いを、わが息子はどのように統合していくのだろうか。
前途多難と思っていたら、プリスクールの最年長になるころには彼も相当な口達者になっていて、英語で父親と渡り合うほどに。一方で日本にいるときは心なしか顔つきまで柔和になり、日本語でお友だちと仲良く遊んでいる。環境のなせる業なのか、子どもの適応力なのか。親はただただ見守るばかりだ。
「福の神がやってきた」 SF月刊もん掲載 2005年11月
「子供が、「あーあ」とつまらなさそうな声をだしたので、「そんないい方していたら貧乏神がくるよ」といいました。
「貧乏神?」
「そう、つまらなさそうにしている子供を見つけたら、よしよし、ここのうちに住むことにしようって、やってくるのよ。それで、その貧乏神はね、大きな袋 を持っていて、つまらなそうな子供に、何かいいことが起こりそうになると、その幸福をさっととってしまうの。だから、その子は、いつまでたっても楽しく ならない。貧乏神の大きな袋は、とられた福がどんどん溜まっていくのよ。そしたら、今度は、福の神がやってきて、貧乏神からその袋をもらうの。貧乏神さ ん、どうせあなたにはその袋、いらないでしょうっていって。それで、福の神は、笑いがあるところが大好きだから、その袋を持って、笑っている子供がいる ところにいくわけよ」
そこで、私は、息子をくすぐり、笑わせました。
「ほらほら、福の神がやってきた。きたきた」
「愛ちゃんには見えるよ。愛ちゃんの部屋に隠れている」
「そうかもねえ。福の神はね、笑い声が大好きだからね。笑う角には福来るっていうんだから。で、笑うたびに、貧乏神が集めた大きな袋の中の福を笑っている子供にパーパーって、振りまくの。だから、笑っている子は、ますます幸福になっていく」
「もう一回、くすぐって、くすぐって」
息子は、再びげらげら声を上げて笑いました。
私までおかしくなってきて一緒に笑いながら、
「ほらね、福の神がやってきた。ママまでおかしくなってきたもの」
さてさて、息子はこの話を信じたかどうか。でも、楽しんでいたのは間違いないようです。
幼児にしつけをするときは、頭ごなしに要求するのではなく、原因と結果をはっきりと説明してあげたいものです。でも、長々と説明したのでは、子供が嫌がるばかりです。だから、そんなときは、ぜひ、大人が想像力を働かせ、お話を作ってあげましょう。子供は、お話が大好き。結末が笑いで終わる工夫を忘れずに。
「子どもの笑顔がバロメーター」SF月刊もん掲載 2005年 10月
何かの番組で、「どんなお子さんに育ってほしいですか」と、お母さんにインタビューしているのを見たことがあります。
私も、子供が生まれて3年半、こんな風に、あんな風にと、知らず知らずのうちに思いをめぐらせてきました。その最たるものが、日本語をしゃべれるようになってほしいということ。年とって、頭が朦朧としているときに、せめて息子とは自分の母語で話したい。できるものなら、日本語も読めるようになって私が書いたものを読んでほしいもの。そういう実に、自分中心の発想が基本になった願望でした。
でも、ある日、突然、気がついたのです。どんな子供になってほしいかではなく、どんな母親になりたいかが大切なのだと。
私は、自分の母親に、辛いとき泣きたいときに、そこにいてくれる人であってほしいと願っていました。だから、私自身も、子供が辛いとき、泣きたいときにそこにいてやる母親であるのが当然と思っていました。
ところが、そう思っていると、子供は、本当に泣きたいときしか、私のところに来ないんですよね。子供の視線で世界を再発見したいと言っている夫は、その思いどうり、子供と楽しい会話を毎日、交わしているというのに。
3歳ともなると、ころんでも、そんなに泣かないので、息子が私のところにくる率は減るばかり。これじゃあ、さびしいし、物足りない。
そこで、私は、夜、子供を寝かせつけた後、布団にもぐって、どんな母親でありたいか、あれこれ思いをめぐらせました。
こんな子供になってほしいと思うと、そうならないとき、苦が生まれる。でも、こんな母親になろうと思うのは、自分さえその気になれば、達成の可能性は高くなるわけですから、目標も、たて甲斐があるというものです。
笑顔と笑い。まずは、これだな。そう決めると、夢か現か、子供と楽しく過ごしている自分の姿が次々と浮かんでくるのでした。
そして翌日。隣で寝ている息子の寝顔を覗き込むと、パチッと目をあけ、にんまり。目が覚めたその瞬間から、息子との間に、笑いと笑顔があふれ始めたのです。
子供って、少なくとも小さいうちは、親の思いをしっかり反映するものらしい。
またまた、私は、新たな発見をしたのです。
今月のメッセージ
4歳になって自分の部屋で寝起きするようになった息子とホームスクールを開始しました。字を書く練習をしたり、プロジェクトと称して、裏庭で落ち葉拾いをし、それを紙の上に糊付けしたり。合間には、めりはりをつけるために、体を使ってじゃんけんもする。子供の笑顔がバロメーター。学ぶ喜びを伝えるためには親も努力が必要です。
発達段階 あんなこと、こんなこと 2005.9.4
前に進むためには、古いものを手放さなければならないという話は、このサイト上でもたくさんしてきました。
慣れ親しんだ習慣を手放し、新しいやり方に適応することに抵抗するのは、大人に限ったことではありません。実は、人間、赤ちゃんから大人になるまでもの間にも、何度となく、古いものを手放し、新しいものを受け入れる体験を繰り返してきているのです。
オムツが外れるかどうかは、赤ちゃん卒業の登竜門。このとき、ほとんどの子供が激しく抵抗を試みます。何の抵抗もせずに、オムツが外れる子供はまずいません。やっとオムツが外れても、自分でお尻を拭く、洋服を着脱する、お箸を持って食事をする、歯を磨く、顔を洗う、風呂にはいるといった身づくろいを大人の介助なしに行うように促されるたびに、子供は、再び、激しく、抵抗を試みるものです。
お誕生日が待ち遠しくて仕方がない4歳、5歳前後は、自分がもう赤ちゃんではないという自覚が芽生えているだけに本人の葛藤も大きく、子供は、泣いたり、ひっくり返ったり、おもちゃに八つ当たりして、不満のエネルギーを爆発させます。
それでも、親や教師、年長の友だちや周りの大人の温かい励ましがあれば、気を取り直し、新しい体験に取り組んで、できた!という達成感を踏み台に、次の段階へ進めるようになるのです。
ここで、達成感を得られないと、子供は、その段階にとどまり、大人になっても、次へ進むことができなくなります。失敗したという気持ちが強く印象に残り、尾を引いて、様々な支障を日常生活にもたらすようになるのです。
アメリカの精神分析学者エリックエリクソンは、この事実を踏まえ、人生を八つの段階に分けて、それぞれの段階での発達のテーマと障害について記述しています。
自分がかつて子供で、同じように葛藤を乗り越えてきていたことなど、意識している人は、少ないかもしれません。そして、大人になった今、古いものを捨て去ろうとする自分を励ましてくれる暖かい周囲のサポートも、それほど得られないかもしれません。
そんなときは、自分自身で、頑張っている自分を励ましてやる。これまで、何度もやってこられたから、今度だってなんとかなる。そう信じて、少しでも、前進の兆候が見えたら、自分にエールを送ってやる。そういうことを繰り返していると、ある日、新しいエネルギーを享受している笑顔の自分に気づくことになるのです。
@乳児期: 「信頼」 対 「不信」 誕生〜1.5歳
A幼児前期: 「自立性」 対 「疑惑」 1.5〜3歳
B幼児後期: 「自発性」 対 「罪悪感」 3〜6歳
C学童期: 「勤勉」 対 「劣等感」 6〜12歳
D青年期: 「アイデンティティ」 対 「アイデンティティの拡散」 12〜18歳
E成人期: 「親密性」 対 「孤立」 18〜40歳
F壮年期: 「世代性」 対 「停滞」 40〜60歳
G老年期: 「統合性」 対 「絶望」 60歳以上
「アメリカのおむつ外しは」 あんなことこんなこと 2004年11月22日
アメリカの子供のオムツ(ダイパー)が取れる平均年齢は、3歳。おとなしい女の子は早めで、活発な男の子は遅めということになっています。それでも、実家の母は、私が1歳過ぎたころにはもうおむつをしていなかったといい、日本では、2歳でオムツをしていたら恥ずかしいという雰囲気があるので、私は、息子のオムツはずしには、ずいぶん早くから取り組んでいました。
といっても、子供用の便座を早くから用意しておいたり、友達の子供が用を足す様子を見せてもらったりする程度。子供が1歳半になっても、そのうち、時期が来るだろうと、まだゆとりで、のんびりしたものでした。
ところが、息子の体が大きくなり、一回のおしっこの量が増えるにつれ、夜中、ダイパーから尿が漏れるようになってからは話が別。ほぼ毎晩漏れる尿に、ふらふらする頭でぶつぶつ文句を言い、諦めの境地に至っては、また憤りを感じるシーツ替えの日が続くようになりました。
知人の小児科医は、夜飲む水分を控えたらいいといいましたが、風呂上りに水を飲ませないわけにもいかず、たとえ、寝る前の水分摂取を減らしても、寝返りの頻度と動きが大胆になるにつれ、ダイパーの腹の辺りから尿が漏れる率も上がるのだから、どうしようもありません。
ダイパーのメーカーをあれこれ変えたり、ダイパーを二枚はかせてみたり、no more diaperというクラスにも出席しましたが、結局、「食べること、出すことは、本人次第」という教訓を得ただけで、尿漏れとの戦いに終わりはきませんでした。
スパイダーマンの下着を買ってやり、トイレでおしっこをしたらこれがはけるよと甘言をささやいて、息子が、「おしっこ!」と元気に宣言。トイレに座らせると、おしっこをするようになったのは、2歳過ぎてから。
尿漏れと戦いながらも、2歳9ヶ月のとき、6月の暑い九州に帰省。短パンだけで水遊びをしているうちに、昼間はダイパーを使わなくても良くなったときは、ほんとうにほっとしました。
でも、喜んだのはつかのま。寒いサンフランシスコに戻ると、息子はダイパーに逆戻り。
早めに行われた3歳児検診で、「いつになったら」と、かかりつけの小児科医に訴えれば、「アメリカでは3歳が平均だから」となだめられ、保育園の先生にいえば、「ま、そのうちとれるから」といなされて、私は、「馬を引きずって、泉にいっても、水を飲むのは馬次第」と脳裏に思い描きながら、ダイパーを替え続けたのでした。
内心、3歳にもなってまだダイパーというのはないだろうと思っていた私は、日本から戻って手持ちのダイパーがなくなると、即、息子にプルアップパンツをはかせました。
初めからこうしていれば、ダイパーのように腹のあたりから尿が漏れてくることはなかったのですが、プルアップパンツは、万一に備えてのトレーニングパンツだから、尿を保持する威力が非常に低い。だから2回おしっこをされれば、夜中のシーツ替えから逃れることはできません。
したくなったら、トイレに座るけれど、寝る前だからとトイレに座らせても、おしっこは出てこない。だからといって、息子に文句を言ってもはじまらないので、夜寝る前におしっこをしない日は、息子に二枚プルアップパンツをはかせて対策を講じました。
そんな日々に終止符が打てたのは、息子の背丈が伸び、立っておしっこができるようになってから。あれほど悩まされていた夜の尿漏れも、そのころになると、自然にとまり、まもなく、息子が、ダイパーなしで寝ると主張。
もれたらどうする思ったけれど、どこかで始めなければ、なにも始まらないのだからと意を決し、私は、尿漏れに備えて布団の上にタオルを敷いて、そのうえに、マットカバーを敷き、さらにタオル、その上に、尿漏れパットをしいてシーツをかけてるという完全装備で床につきました。
かくして、3歳3ヶ月になった息子は、新しいパワーレンジャーの下着をはいて、保育園に登園。夜は下着なしで寝て、朝は、一番におしっこをするようになっています。昼間、「プライバシー」といって、トイレのドアを厳重に閉め、自分で便座をあげて、立ちションをし、水を流して、手を洗って出てくるようになった息子の姿をみると、いやあ、大きくなったなあと思います。
でもまだ、諸手をあげて喜ぶわけにはいかないところが、現実の厳しさなんですよね。
ウンチはトイレでが、まだ定着していないのです。
偶然っぽかった最初の二回と違い、3回目のウンチは、モンスタートラックをあげるといわれて、自分から進んで便座に座っての快挙でした。だから、親は、狂喜乱舞して、5回トイレでウンチをしたらまたプレゼントをあげるといったのですが、親の意に反し息子は大反撃。
今朝は、「ダイパー」、「トイレでしようね」の繰り返しの末、自分でプルアップパンツを見つけてはいたものの、腸の排泄運動がすでにとまっており、便秘のまま登園してしまいました。
園長先生に相談の電話を入れると、「2回目というのが難しいんですよ。できる、でもしたくないというせめぎあいで」、だから、「健康が一番大切だから我慢させない。まずトイレに座らせ、でなかったらダイパーをあげる。ちいさなごほうびを一回ごとにあげる」のはどうかとのこと。
毎回、ごほうびをあげていたら、きりがないんじゃないかと思ったから、私たち夫婦は、ゴールを5回と設定したのですが、子供にとっての5回は永遠なんですよね。今を生きる子供にとっては、今、ごほうびがほしいわけで、5回なんてもらえないのと同じなのです。
たしかに、おしっこのときは、おしっこができるたび、シールをあげたし、それをやったのは、せいぜい数回で、習慣になると、子供もいちいちシールをねだらなくなっていました。
「なんといっても、今は、反抗する時期ですし、強制しないことです」という園長先生の言葉に、私は再び、大きくうなずいたのでした。
箸がもてないなら、もう食卓にださないのではなく、箸も、食事のたびに登場させて、子供にどの道具を使うか選択させる。トイレも、ダイパーとトイレの選択の余地を与えつつ、一回づつの山を越える様子を見守ってやる。
今に焦点をあわせながら、ちょっと先を取り入れ。子供の身になって目標を設定し、子供に合わせて、目標を修正する柔軟さを失わない。
これかこれでなく、あれもこれも。中庸。バランス、ほどほど。
言うは易し。
親になると、人間が練れてくる。
ああ、ありがたい、ありがたい。
「男の子には特別な教育を?」婦人公論海外女性通信掲載 2004年11月7日
学習能力、身体機能、情緒、そして社会性。この4つの分野がバランスよく発達した子供は、持てる可能性を十分に発揮し、適応力のある大人になる。そんな青年(whole boy)を育てようと、3人の子供を持つ母親が、自宅のコンピューターを使って、息子たちを支援する会(supportingoursons.org)を立ち上げたのは、二年前のことだった。
学校で銃を乱射したり、家庭内暴力を起こすのは、たいていが男の子。いったいこれはしたことか。会を立ち上げたリーゼンさんは、そんな状況に危機感を持った。今、学校教育の現場で男の子の発達を助ける教育を実践しなければ、麻薬や飲酒に手を染めた者の更正施設や投獄にかかわる膨大な経費で、将来、アメリカは、経済的にも大きな打撃を受けることになるだろう。リーゼンさんは、キレない男の子を育てるためのアドバイスを求めて、支援団体を探した。だが、そんな団体はどこにもない。ならば、自分で作るまでというわけで、青少年の調査研究に造詣の深い臨床心理学者のポーラック博士の協力を得て、全米初の大人を対象とした青年教育を提案する非営利団体を創設、会を発展させてきたのである。
息子たちを支援する会では、インターネット上での情報提供の他に、毎年、教師向けと保護者向けのセミナーを開催している。ちなみに、丸一日のワークショップの値段は、保護者向けが200ドルで、教師向けが1000ドルと、一瞬目を疑うほど高い。
それでも、会が主催するセミナーは、回を重ねるごとに出席者を増やしており、地元の新聞が、新しい青年教育の波がやってきたと、その成果が大々的に取り上げるほどになっている。
なんでも、脳の中の感情を司る部分は、思考、学習を司る部分と隣接しているのだそうで、子供たちの情緒が安定してくると、必然的に、学習能力も向上してくるのだという。
具体的には、教科書のほかに、副教材として、視覚を刺激するフラッシュカードや応用問題を集めたワークブップを併用する。五感を総動員させると学習効果があがるだけでなく、読みを得意とする子も、書きながら覚えていく子も、落ちこぼれることなく課題をマスターできるからだ。
会のビジネス部門を担当するカレンさんは、男の子が自然体でいられる環境作りは今の時代の必然だと語り、今後は、会の活動範囲を全米、そして、ゆくゆくは世界中に広げたいと力強く語る。
成績がよくなり、非行が減れば、文句をいう保護者はいない。息子たちを支援する会の日本支部ができても、不思議ではない勢いだ。
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