ホーム  | カウンセリング  | 連載 |  出版物よくある質問 |  セミナー  |  リンク  | 鶴田育子  | English 

JINA「世界で見つけた素敵な人インタビュー」
全文は、こちら をご覧ください。


アメリカにきたきっかけは?
ジャーナリスト活動が安定期に入り、精神世界の追求も、本を出版するという形で一応の区切りが見えたときでした。さらに知りたい、もっと書きたいという意欲をどうやって満たすか。模索しはじめた時期と、夫が、母国アメリカで実力を試したいと切望するようになった時期が重なり、渡米のきっかけとなりました。

日本を飛び出した大きな理由
私が最初に日本を飛び出したのは、1980年代の初めでした。目的地は、タイのバンコクでした。大学時代、初めての海外旅行でタイへ行き、一目惚れ。卒業後、タイ専門の旅行会社に勤めましたが、当時は、売春ツアーの全盛期。売春だけがタイじゃないという憤りが高まって、自分の目で現実を確かめるべく、再びタイの土を踏みました。帰国後、新聞社の長期契約アルバイトの仕事を見つけ、空いた時間にタイのことを書こうとしましたが、材料が足りない。年齢や性別で生き方がある程度制限される日本社会に息苦しさを感じていたこともあり、実力で勝負できる世界で自分を試してみたいと、3度目の渡タイから、移住しました。

これまでに自分の人生で影響をあたえた方を3名お聞かせください。
   またどういう方達で、どのように影響を受けましたか?
花火のように強烈で、感銘の余韻が、いつまでも心に響く。そんな出会いの中で、一番に思い出すのは、高校時代の修学旅行で訪れた京都の大徳寺大仙院、住職、尾関宗園和尚です。
薄暗い畳の間に、黒い衣をまとった坊さんが、颯爽と入ってきて、「できる、できる、なんでもできる、今ここでがんばらずに、いつがんばる!」とぎらぎら目を輝かせながら叫んだのです。和尚さんは、声帯ポリープの切除手術を受けた直後で、医者からしゃべらないようにといわれていたらしいのですが、嗄れ声をふり絞って、「人生とは、今この瞬間、ここにある!」と説明しておられました。最初は、びっくりしました。どうしてこの人はあんなに元気なんだろうと。こっちは、受験で頭がいっぱい、修学旅行中であっても、気分は沈みがちでしたから。そんな和尚さんの熱意が忘れられず、家に戻ってから、手紙を書きました。そしたら「初心忘れるべからず」と素晴らしい筆さばきで書かれたはがきが戻ってきました。その後も、ずいぶん長い間、和尚さんとは、手紙とはがきのやり取りをさせていただきました。
二番目に思い浮かぶのは、当時、シンガポール赤十字の総裁をしておられた旺暁子さんです。東京で、私が、国際高校の特別講演講師をしているときのことでした。タイをベースにしたジャーナリスト活動の模様を伝えるのが仕事でしたが、何コマも授業をやっていると、そのうち親しくなった高校生たちが、いろいろな悩みをもって相談にやってくるようになりました。叱りつけることで奮起させようとする教育は絶対に実らないと、自らの学生時代を通して身をもって知っていましたから、目の前の学生たちには、ぜひ、受験だけがすべてじゃない、人間は一人一人ユニークな存在で、それを自分が認めていけば必ず、道が拓けるのだということを伝えたかった。でも、どうすれば、その気持ちをうまく伝えられるのか。迷っていたとき、出会ったのが、旺暁子さんの書かれた「晴れもよし、雨もまたよし」という本でした。何かピンと来るものがあったので、さっそく、旺さんの居場所探しをはじめました。世界中を飛び回っておられる方なので、なかなか連絡がつきませんでしたが、旺さんが、東京に講演に来られたときにお目にかかることができました。私の話をふんふんと聞いたあと、旺さんは、真っ黒な瞳で私の目をまっすぐ見つめて、「見せるのよ。鶴田さん。自分がやってみせるのよ」といわれました。その後の講演会を柱の影から拝見していたら、しゃべりだした旺さんの周りで、オーラがピカッー、ピカッーとスパークするように光るんですよ。聴衆はもう釘付け。あんなすごいオーラーを見たのは、後にも先にも初めてでしたね。
3人目は、小学校の担任の先生です。先生は、冬になると、必ず風邪を引いて声がでなくなるのですが、だからといって学校を休むことはなく、生徒を順番に通訳にして、聞きとりにくい先生の声を全員に伝えさせる努力をしていました。悪いことをすると、大きな目をぎょろっとむいてピシッと叱るとても厳しい先生でしたが、ほめるときは心底ほめてくれるやさしい先生でもありました。私は、小学校のころ、習字や絵でよく賞をもらっていましたが、新聞の「小さな目」というコラムに短文が掲載されたときには、ことさら喜んでくれて、教室の壁に切り抜きを貼ってくれたのを覚えています。先生は、また、見事な板書をされる方でもありました。
今はもう八十代ですが、先日電話したら、白内障の手術のあとの視力低下も回復され、呉市内を再発見する会に入って、5時間も歩いて、くたくたになったのよなどとおしゃっていました。先生が担任だったクラスは、団結力があり、今も、メイリングリストで交流があります。考えてみると、3人共、今、この瞬間を精一杯生きていらっしゃる方たちですね。

座右の銘は?
「一番よくなる。必ずうまくいく」
何か困ったこと、決めかねることがあるとき、この言葉を念仏のように唱えます。一人の人間が一生懸命考えたところで、たかが知れている。ならば、人間の根源である大いなる大宇宙にすべてをゆだね、最善が起こることを願おうというわけです。

 

週刊ベイスポ9月15日発行号掲載「ベイスポ・ビューティークラブ」インタビュー 
全文は、こちら をご覧ください。

ベイスポ・ビューティークラブ - CoCoにおいでよ 「メンタルフィットネス・カウンセリング」の巻
「心と体を健康に」をテーマにお送りしているCoCoちゃんずのレポート。今回はその言葉がまさにピッタリの究極な場所を発見しちゃったので、早速紹介するね。

 アメリカに住んでいて、のんびり優雅に私はストレスなんて関係ないっていう人も多いかもしれないけど、やっぱり、日常生活の中で少なからずストレスを感じている人もきっと多いんじゃない。言葉のストレス、職場でのストレス、人付き合いでのストレス、子育てのストレス・・・、挙げてみるとキリがないけど、とにかくストレスの要因になる原因はいろいろとあると思うんだぁ。そしてこのストレスを溜め込んじゃうと、ごく普通の人が、肩こり、腰痛に代表される身体的症状やウツ、パニックアタックなどの精神的症状を起こすこともあるから、普段から上手に自分をコントロールする必要があるよね。

 今回紹介するのは、そのようなストレスが多いこの社会で「心も体も健康に」と日々様々な活動をしているサ鶴田育子先生の「メンタルフィットネス・カウンセリング」。鶴田先生のカウンセリングには大きく分けて、E‐mailなどでやり取りをする”オンラインカウンセリング“、実際に1対1で会って行う”対面カウンセリング“、対面カウンセリングの延長にあり、催眠療法の一つである”未来世療法“の3つがあるの。

 「個人が建設的な発想を習慣化し、充実した日々を過ごせるように導く心理学的な援助をすることがこのメンタルフィットネス・カウンセリングです。個人が抱える問題を多角的に検証していきます。従来のカウンセリングが、アメリカの精神医学会の発行する「精神障害の診断と統計マニュアル」を診断基準とした精神障害の予防や治療に重きをおいていたのに対し、メタルフィットネス・カウンセリングは、「在る」ものを評価し、効果的に活用していくことを目指す未来型のカウンセリングです。カウンセリングでは、答えを私が出すのではなく、一緒に考えて本人が選択できるように誘導しております。言い換えるとその方に私が伴奏するといった感じです。実際に症状が出てくる前に、何か悩んでいて自分では解決が難しいときなどにケアの手段の一つとなります。良好な精神状態は、問題解決能力を高め、創造力を豊かにし、柔軟な考え方を育む基盤となりますからね。」と話してくれた鶴田先生。キャリア、自己啓発、文化、コミュニケーション、子育てなどのテーマを扱うほかに、海外で働く方のストレスマネージメント、米国企業就職を希望される方の面接指導も行っている。また、様々な団体や企業などでもセミナーや講演活動も行っている。

 私が興味を持っちゃったのが『未来世療法』という催眠療法。先生に聞くと、「未来世療法は、選択を迫られているけれども、自分の選択が果たして一番であるかどうか迷っている人や医者からはなんともないと言われているけど体の不調を感じる人、絶対に成功させたい状況があり、その手助けを必要としている人などに大変有効で、一回のセッションでも、確実に効果を実感していただける療法です」とのこと。脳のアルファ波を刺激し、活性化させてあげるらしいの。そうすることによって、普段使っている脳では考えないような閃きとかアイディア、ビジョンなどが出てくるんだって。それをもとに先生がよりよい方向に導いてくれるの。

 とにかく、鶴田先生の魅力はここでは多く語れないけど、ホームページを見てもらうといいかもしれない。その中には、今週の「語録」というコーナーなんかもあって、とっても参考になるよ。また、実際にカウンセリングを受けてみたい方は、鶴田先生に直接連絡を取ってみてね。

鶴田育子 M.S., N.C.C. 全米認定カウンセラー
Website: www.tsurutaikuko.com
Tel: 310-254-0397

 

月刊もん30周年記念号インタビュー記事

30年前どこで何をしていましたか?

実家のある北九州市小倉で、受験勉強をする傍ら、「人生とはなんぞや、私は一体何者ぞ」と考えていました。修学旅行で京都の大徳寺大仙院を訪れたころだったと思います。


30年前に抱いていた夢は?

歴史を遡って自分の目で現場を見たいという気持ちと人の心のからくりを解明したいという気持ちを持っていました。


30年の歴史の中で、一番印象に残っていることは?

自分でもちょっと意外でしたが、ソウルメイトとの出会いのころのことが、一番最初に思い浮かびました。人知を超えた天の采配というのはあるのだと確信させられた体験は、確かに、ゆだねる強さを私に与えてくれたという点で、特筆に価すると思います。


30年前に戻れるとしたら何をしたいですか?

カウンセリングをしている今の私に話を聞いてもらいたいですね。


月刊もん30周年に寄せて一言お願い致します。

30年にわたって、コミュニティーの歴史を記録にとどめ、多岐にわたる情報を提供されてこられた「もん」の底力に敬意を表します。継続は力なり。これからも、地道に、楽しく、発刊され続けることを願っています。
30周年おめでとう!

 



Copyright © 2002-2008 鶴田育子 Touch Your Soul
1917 1/2 Westwood Blvd. #4, Los Angeles, CA 90025 USA Tel. 310-254-0397
このサイトに関するご意見、御感想、お問い合わせは、ikuko@tsurutaikuko.com まで